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宰予 字は子我ですが、「宰我」が通称になっています。 そして、目下の者が記す場合、字の「子我」を使わなければならないことは、この時代の常識です。 ですから、「宰我」と言ういささか礼を失する表記を使っているのには理由があると考えられます。 まず、この一節を挿入した人物は、政治的に「宰我」を対立する立場にあったと考えられます。 次に、「宰我」は身分が低かったためで、具体的には内臣(家内奴隷)でした。 それから、孔子の弟子ではなかったことも理由に挙げられます。 孔子の弟子であれば、仲由(子路)に代表されるように、「子+以前の字の一部」と言う新たな字を、「免許皆伝」の験に貰います。 但し、孔子の弟子は、基本的に季孫子の内臣です。 とすると、弟子ではない宰我は、別の有力者の内臣ということになります。 では、誰の内臣か。 魯公の内臣です。それも内臣団長です。 ですから、魯公と直接会話が許されるのです。 (続く) 追記 真説「春秋」、真説「論語」、並びに真説「孔子」を、故宮崎市定先生に捧げます。
by 2-shikou
| 2008-05-18 14:15
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